駐車場の無い暮らし


夏はそうめんです。
そうめん「揖保乃糸」、「鮎の友釣り発祥の地」でもある兵庫県宍粟市波賀町で、

古民家の沈下修正+根継ぎ工事をしておりました。

古民家修復工事に於いて、曳家は大工さんや、建築士さんの下職です。
「下職」と云う言葉を嫌う方もいらっしゃいますが、自分は結構、好きなんです。
裏方の美学と云うか、主役である大工さんが、施工し易い環境を出来るだけ作ることで、安心して良い根継ぎをしていただけることが裏方のプライドです(笑)

足元が湿気のために、根腐りして沈下した柱を根継ぎするために。持ち揚げます。
柱を中心に四方の畳を各1枚づつ剝がした状態を作ってもらいます。
実際には、足元を拡く組んだ方が「揺れずに」「きれいに反力が獲れて」揚げることが出来ます。
しかし復旧と資材の運搬コストなどを考慮して今回はここまでです。

この鋼材の間に大工さんに入り込んでもらって金輪継ぎをして頂きます。

                       大工さんだけで施工しようとすると、こうした枕木を持っていませんから、どうしてもサッポード(3寸の角材)等であちこちを突いて持ち揚げることになります。

そうすると「転倒のアスペクト比」で考えると、高さに対して4倍の長さまでしか安定しませんから。つまり2mの高さの位置のものを突き揚げたいのなら、実際は最低でも50cmの長さの枕木を組み上げなくてはなりません。
※実際には上にものがある場合のアスペクト限界はこの限りではありませんが、ものとして倒れ辛いというだけであって、安全ではありません。
多くの工務店経営者が、大工さんや建物の安全を考慮して曳家の技術を取り入れてくれたなら良いなーと思います。
曳家岡本では、実際には、組み上げる高さの2分の1の長さの枕木で組み上げるようにしています。
これは設置圧や揺れを考慮した際のマージンとしては確保しておきたいものです。


今回の作業でぜひ注目して頂きたいのは、この画面の中央部分にセットされた単独のジャーナルジャッキです。
柱が存在しない部位なのに、なぜ?ここにジャッキを掛けているのか?ヘタクソですが、イラストを描いてみましたので見てください。


この揚げたい柱を専用金具で掴むだけでも2トン持てる計算にはなるのですが、
マージンを採っておきたい自分としては、大黒柱の位置に注目してください。

そう。この大黒柱とえびす柱の位置のずれに注目です。
この大黒柱から右方向に、もしかすると以前は柱があったのでは無いか?
そうでなくとも、赤星印の部分には荷重が掛かっていると判断して、上の画像のように根継ぎする柱から90cmの間隔しかありませんが、ここを応援揚げすることにしました。
これは結果として大正解でした。

根継ぎした柱は、着色せずに、「ここまでして遺した」と見せる場合もありますが、
今回は部屋の中央ですので補修の跡が目立つのもどうかと考えて、古色を付けました。

広島棟梁がアンバ粉の茶色とベンガラと墨を混ぜた塗料を作ってくださいました。

畳敷いてミッション終了です。

ちなみに、今回は弊社の所有する850kg積載のトラック2台(往復しました)に積み込める量の工具、資材で全てを賄う。というやりくり算段がありまして、
予定外が起こる可能性の多い仕事ゆえ、なんどもなんども積み込み前には拾い出ししてました。
それでも、姫路市に着いて、いよいよ明日から実作業を始めるという前日は、夜中の2時半くらいから眠れなくなって。
当日は無事に組み上げましたが、翌日のジャッキアップを考えると2日目の夜も3時くらいから眠れなくて・・
ジャッキアップが終わった3日目の夜に、なんとかゆっくり眠れました。
なんでも余裕を持って~と云うは簡単ですが、限られた予算、日数の中で最高の結果を出さなくてはプロとは言えないですから。
なかなかたいへんです。


「転倒のアスペクト比」という言葉は今回、帰路で立ち寄らせていただいた香川県丸亀市在住ながら全国展開をされている建築士、株式会社齊藤正轂工房 – Tadashi Saito + Atelier NAVE (koshiki.net)である齊藤 正先生にご教授いただきました。
齊藤先生ありがとうございました!


今回の現場は、お施主さんから山形県の曳家「我妻組」さん曳家工事・沈下修正 我妻組 – 建物移動 曳家・沈下修正のプロフェッショナル (wagatsumagumi.jp)にお問い合わせあったものを弊社が近くだからと、ご紹介いただきました。
我妻さまありがとうございました。

コロナのため、自宅にいることが増えたので。この機会にリフォームしようと云う方もいらっしゃるようです。
そんな影響からか、ここのところ、家の傾き(沈下修正工事)に関するお問い合わせが何件か、連続してありました。
たた、壁クロスの貼り換えやトイレの交換などに比べると、沈下修正工事は「家を持ち揚げる」という大工事ですので、まずまず費用もかかります。

 

↑の画像は沈下修正工事が終わって、床下を掃除した後の記念撮影です。
(詳しくは、曳家岡本のHPを見てみてください。)

一般に沈下修正工事というと、今では基礎ごと持ち揚げるアンダーピニング工法をイメージされる建築士さんが多いと思います。
しかし、アンダーピニング工法は例えば1階が23坪程度の木造2階建てで、沈下量が最大10cm程度であった場合、支持層の深さや家の周りの作業環境で前後するものの、800万円から1000万円程度かかります。
相場より安い場合は、基礎下で打つ本数を減らしてます。
素人が考えても支持杭の本数が多いのと少ないのでどちらが強いか?判ります。

これは、下腰工法で曳家するために持ち揚げた状態の画像ですが、
曳家岡本ではご覧の通り大量のジャッキでお家を持ち揚げます。
その方が家が傷まないからです。
もちろん、経年劣化で弱っている自分の右手首にもやさしいんです(笑)

話戻して・・昭和40年~平成の始まりの頃に建てられたお家で、地盤補償が失効している、或いはそもそも付けていないお家の場合。
アンダーピニング工法や薬液注入工法を実現するまでの予算は老後資金を考えれば使えません。
自費での工事の場合は、200万円~300万円前後で傾きを直せる土台揚げ沈下修正工事が現実的です。
そうかと云って、専門でない人間に沈下修正を頼むと人間で云えば、あばら骨を折ったり、中身スカスカの張りぼてのような工事になります。

 

 

基礎の修復具合は優劣が判り易いですから、使っていますが、
プロは揚げる手間やジャッキの掛けるポイントが違います。
youtube見ていると、見るのが嫌になるような大工もどきの方が、親の仇かと思うくらい乱暴にジャッキを押しています。
お前!そんなことしてて土台を折らないか!次のジャッキ巻きに回れよ!と怒りに震えます。

ですが・・現実はコロナの影響で仕事、閑です。
値引きせず適価できちんとした施工をする。を売りにしてきましたが、理想も云ってられません。
コロナ割をします!通常時より2割程度安くします。


地盤からの修復ではありませんが、建てて9年を経過したお家の場合は、近隣に水脈等が無ければ「置き換え工法」の原理で圧密沈下は終息していると考えられる場合がほとんどです。
曳家岡本のコロナ割ご利用ください!

お気軽にご連絡くださいませ。
hikiyaokamoto@gmail.com

コロナ禍およびウッドショックもあって、多くの建築関係者が現場が切れています。
そして、仕事が少ないので無理に獲得するためにあり得ないようなディスカウント価格で受注している業者さんも出ています。
例えば、新築の際に必ず行う地盤調査であるスウェーデン式サウンディング 通常だと1棟 5ポイントで3万円というのが相場ですが。
現在だと12000円でされる業者さんも出てきています。
人件費、機資材の運搬費、報告書の作成費を考えると、とても採算が獲れているとは思えませんが。まあ、人様の営業スタイルをとやかく言う立場ではありません。

ここは、千葉県勝浦です。
この撮影している側にあったファミリーレストランが廃業されてました。
少し前ですが、建ててまだ3年のファミリーレストランが廃業するんで、建物をコンビニに再利用したいので曳家して欲しい。というご相談とかありました。

コンビニは店舗の前面に駐車場がありますが、ファミリーレストランは逆に店舗は道路側にあって、駐車場は奥にある。からだそうです。

曳家をやっていると、時々、こちらの想像もしてなかったような相談を頂くことがあります。
例えば、昨年、君津市でご依頼いただいた「ビンテージカーを倒壊したガレージから引き出す」工事や、掘削工事の影響で大きく沈下および歪んだ「アーケードの柱」を水平、垂直を直す。
しかも近隣店舗の営業に差し支えが無いように最小限の細工でお願いします。



↑の画像は、新小岩のアーケード街です。あくまで参考イメージです。

他にも「新築施工中の柱の長さが足らなかったので入れ換えのために持ち揚げて欲しい」というご相談や、先代がした仕事ですが、高知港にあったガスタンクの支柱が崩れてきて、それを直すために呼ばれたこともありました。

さてさて・・
それでですねーーー。実は2週間ほど前に、神奈川県で事故案件が出まして・・ご相談いただいて現地調査して来ました。
これも、初めて体験するタイプの仕事でして、しばらくは「身体に入って来ない」日々でした。
それが・・たぶん、無意識下で考え続けているだけなんでしょうが・・
まるで「ツインピークス」クーパー捜査官のように寝ていて、突然、答え?ヒント?が浮かんで慌てて起き上がってメモをします。

もちろんご依頼いただければ出来ると思う自信があるからこそ出向くわけですが。
やはり現地調査をしてみると図面や画像では判らない「障害物」が多々あります。
誰しもよく晴れた日に、水を入れ換えたばかりのプールを一人でのんびりと泳ぎたいと思うでしょうが。現実はそうも甘くありません。
大量の資材を持ち込んで力技でやってしまえば目標を達することは出来ますが、「引き算の美学」が必要になるタイプの現場です。
寝てて湧きあがったヒントをもとに、堅田部長に「親方、こんな方法、いつ考えているんですか?」と褒められながら(笑)
宏くんも含めて、曳家岡本3名で集合できる現場が決まることを願っています。

ps
先日、四国八十八か所の第三十二番札所である高知県南国市にある「峰寺」にお詣りに行って来ました。
こちらは、42年前に先代が太子堂の曳家工事をご依頼いただいたお寺さんでした。
当時、しぶしぶ家業の手伝いを始めたばかりの頃の自分も坊主として参加させて頂いたのですが、太子堂の曳家よりも、安定感の無い狛犬の曳家を親父がスルスルとあっいう間に終わらせてしまったことがずっと記憶に残っていました。
何しろ、囲んでいた鉄骨を解体してしまうと、表面に付いていた苔もそのままで、まるで何十年も前からそこにあったように据え付けられたのです。
ところが・・今回、見てみると狛犬は見つからず、記憶している場所には、こちらの石塔がありました。
もしこれだとすると・・思っていたより難しい工事だったはずだよな。と思いつつ、まだまだ精進しなくてはと悔しく思いました。

帰り道に、参道を犬の散歩をされていたお寺さんの関係者だろう女性に、「ここで40年前に(東芝)日曜劇場のロケで菅原文太さんや乙羽信子さんが来られていたのをご存じですか?」と尋ねてみました。
女性は憶えていらしゃいましたが、自分らの工事そのものは忘れてました。
でもねー石塔の苔もそうですが、「まるではじめからそこにあったように思っていただく」ことが、曳家の醍醐味ですから、忘れられていて満足です(笑)
でも、あの夏の日、撮影中に作業を止めてくれ。と言われて、階段下の駐車場の木陰で待機していた我々と降りてきた菅原文太さんと視線が合ったことは忘れられない思い出です。


子どもたちが大学卒業をしたら、家賃の高い都内のマンションを引き払って、千葉県いすみ市に移住しようと思っているんですが。
コロナ禍で色々なことが先行き不透明になりました。
弊社のごとき小さな曳家には出来ることは限られています。
でも「親方」としてもう少し頑張ります。

川崎市での現地調査に向かう途中で、文化財修復をされている宮大工の広島秀明棟梁(木匠和水建築)さんからお電話頂きました。
「淡路島で古民家の柱の根継ぎをしているんだけど・・添え柱を取り付けた金具が荷重に負けて滑っている」と・・。

どうやら、阪神淡路大震災の際に足固めの部分が揺れて折れていたようです。
ここに荷重が集まっていました。
曳家としては全体を少しづつ矯正して、水平を戻したいところですが、将来的なご利用計画も含めてそこまでの規模の工事は出来ませんので。
この柱のみを根継ぎする計画です。

広島棟梁は、一昨年の徳島での豪商の古民家修復にも何日間か応援に入っていただいていました。
その時に、使っていた柱を掴む金具等をご自分でも作られて利用されていたんですが、今回は重いので、自分が工具持参で、手伝いに呼んでもらいました。
上の画像のように、金具を増やしてジャーナルジャッキでガッチリと受けます。

柱下を一旦、真っ直ぐにカットして。

柱下に、ジャーナルジャッキを掛けます。
これで一旦は添え柱に頼ることなく、柱を安心して持ち揚げらます。


可能な限り、ジャッキを掛けたままの状態で作業します。

いよいよ仕上げですので、柱下のジャッキを外さないといけません。
でも、添え柱の金具が僅かに滑ります。
仕方ないので、鴨居の吊り束下にサッポードでジャッキ掛けて、荷重を分散させます。
古民家ですので、通風のために床下の真ん中あたりが地盤がすり鉢状に低くなってますので、枕木組み辛いのですが。
まあ、そこは42年もやってますから、「これはこの程度の組み具合で構わない」との判断くらいは出来ます。

いや~~。無事に根継ぎ出来ました。
自分はスタコラサッサと帰路につきましたが、広島棟梁はこの後、足固め等の復元もされていたと思います。
お疲れ様でした。

休憩時間に広島棟梁の出身地である東京亀戸や、砂町商店街の話で愉しく過ごさせていただきました。
曳家岡本は「高知の岡本さん」「千葉の岡本さん」と云っていただきますが、実は家族全員、江東区大島に住んでますので。
「江東区の岡本さん」でもあるんですが。それは意外と知られていません(笑)

五の橋をヒューレットパッカード本社方向に抜ける狭い道中にある「千鳥軒」さんとかにも行くくらいは、亀戸、砂町あたりに馴染んでます(笑)
今の時代にラーメン400円は凄い!しかも結構おいしいです!
もちろんおじいちゃんとおばあちゃんがお二人でやってます。


自分もセミリタイアしたら、他に特技も無いですから。
今回みたいな「柱1本だけ取り換えたいんで、工具持参で指導もお願いします」みたいな仕事をしようかな?と言っていると、広島棟梁に。

「こんなことやろうとする大工が何人いるかな?」と究極の現実を突きつけられました(汗)

まあ、一人でトラック運転して、あちこち行ける間はフットワーク軽く。
どこでも行きますのでお気軽にお声かけください。

hikiyaokamoto@gmail.com
まで~~。

私たち曳家は、建築士さんや、大工さんの要望に沿って柱や横架材の抜き換え等が円滑に行えるような施工をさせて頂かなくてはなりません。
それが出来る程度には「構造」についての知識を持っていなくてはなりません。

上の画像は、柱の根継ぎをしているところです。
腐ったり、白蟻被害にあった柱を根継ぎする「金輪継ぎ」や「四方鎌蟻継ぎ」など手刻みの大工技術は社寺や古民家の再生には無くてはならない技術です。
一般の方はこれを見て、単純に「素晴らしい技術ですね。これでもう安心です」と言ってしまいがちですが。
実際には、普通に考えれば判ることですが、「継いだ柱は弱くなります」これは実験では本来の強度よりも35%程度しか無いということが数値化されています。


画像左手にある床柱が白蟻被害が酷かったために、これを抜き換えるために両側に枕木タワーを組みました。

これは上部の梁が幾重にも重ねられたものでそれらの荷重を確実に受けるために、こうした手間をかけました。

根継ぎは、こうした抜き換えが出来ない場合、主に予算的な問題ですが、四方差しなどで施工が困難で、「やむを得ず行うもの」であって決して「万全なもの」では無いことを建築士さんはお施主さんに説明していただければと願います。

ちなみに新潟の行列が出来る工務店として有名なオーガニックスタジオの相模社長は、昨年facebook上で、当職がツッコミを入れることを想定しつつ、10本以上の柱が金輪継ぎで修復された文化財の画像をアップされてました。
その金輪継ぎは、全て同じ高さで揃えられていました。
おそらくは作業を簡易に行うためだと思うのですが、悪意を持って見れば構造の知識が足りない意匠系建築士もしくは現場監督の指示なのかも知れません。

当職からの相模社長の投稿へのコメントとしては
「同じ高さでの根継ぎは地震時に於いて揺れにより弱くなるので出来る限りするべきでは無いのに、なぜ?こういう細工をしたのでしょう?」と書きました。
すると相模社長からは、
「岡本さん。これは見えつらいところを全て黒く塗った鋼材で補強しているんですよ」でした。


う-ん。誰もが見るであろう、本来は手本となるべき文化財修復でこんな施工で赦されるのか?
もしかして若く未熟な大工が、これを手本として誤った参考例にしてしまわないのか?を心配してしまいました。


上の画像は別の現場ですが、2階部分の床を剥がしてもらって柱をかなり高い位置で根継ぎするために掴んでいる様子です。
画面の中央に見える以前の粗雑な根継ぎの細工部分を切り落として取り換えるためです。

曳家が相判で参加させていただくからこそ出来る安全に、きちんと接合も含めての修復が可能です。
どうぞ曳家の技術を思い出してください。

ps
社寺、古民家修復に於ける鋼材での補強は近年では結露の発生ゆえ問題視されています。

曳家には大きく分けて2つの流れがあります。
一つは、重量物を動かすことから発展した「重量とび職」系列曳家。
もう一方は、船大工、宮大工から派生した「曳大工」と呼ばれていた大工系曳家です。
どちらが上だと云うのでなく、それぞれに得意不得意があります。
「曳家岡本」は後者ですので、RCの建物など重いものは苦手です。
逆に土台のホゾが抜けを直す、歪みを直すなど上部構造の改修では力を発揮させて頂けます。

建築に携わる方であれば、誰でも、建物の荷重は柱が9割を担っていることは当然、ご存じなのですが。
石場建ての場合、柱を掴まずに敷居と鴨居の間にサッポードを入れておいて、敷居を土台代わりに見立てて、ジャッキを掛ける方々がいます。
それは、運よく建物を持ち揚げることが出来るでしょうが、ホゾに無理な負担をかけるわけですから「見えないところで」接合部が傷みます。
石場建ての建物を持ち揚げる場合に、↑の画像のように柱を掴みますが、土佐派の曳家は1本の柱に対して、両側にH鋼を通して、その上に枕木を通します。
柱に対しては添え柱を金具で取り付けます。
この添え柱にボルトを貫通させず鉄板で持たす方法を建築士さんは驚いてくださりますが、これは摩擦力で1本あたり約2トンまで対応できますので、自分はこの組み方が良いと思って続けています。
しかし多くの曳家さんは持参する鋼材を減らすために1本の柱に対して、片側にH鋼を取り付ける場合が多いようです。
それも添え柱を取り付けずに、柱にそのままH鋼をワイヤーで取り付けていることも多いです。
これでは、摩擦力が充分に採れると思えません。

何回か、前のブログにイラストで説明書きましたが、曳家する際にも出来る限り建物に対して水平にワイヤーが張れるようします。
昔は、擁壁等に杭を打って、そこから台付けを採ってましたが、そうすると下に引きつけるので無理な力が家に働き、やはり微細に傷めます。

家起こし(軸組補正工事)をする際には、先に水平を直し、その後に何点かは梁を突いて動き易くしておいてから、足元が一緒に動かないように足元は逆方向に突きながら補正してゆきます。

今はコロナ禍で、「安くしないと受注できない」と無理して仕事獲って、下請け叩きが烈しいです。
自分は、もうそんなに長く現役を続けられない年齢ですから不満足な工事をするよりは、スターバックスコーヒーの価格でスペシャリティコーヒー並みの施工品質を心がけています。
しかし現実には、この2か月間は、ディスカウントストアのインスタントコーヒー並みの施工価格を望む問い合わせしか入りません。
でも、きっとこの手間を理解してくださる建築士さんからお声がかかる。と信じてます(笑)

きちんとホゾが深く入った細工は気持ち良いですよね。

先週、家内が乳がん検診のために帰省していた際に、祖谷温泉の近くのスーパーマーケットに寄りました。
わらじあげ、という大きな揚げが有名なお店です。

曳家岡本の堅田部長の至言に、こんな言葉があります。

「真面目は嫌われるんです」

人生に於いて、植木等さんや、みうらじゅんさんが「芸」として見せていらっしゃる、お気楽な態度は誰しも笑えますし重くなりませんので愛されます。
しかし実際には、誰かが真面目なことを成さねばなりません。

誰もが、youtuberになって実作業する人がいなくなると、世の中は滅びます。
まっ人の仕事をとやかく言うのは、あまり良いものでないですが。
今回は、youtubeに蔓延する、素人DIY沈下修正工事や古民家再生と称している「欠陥住宅を作っている人たち」と、それを「凄いなー」とコメント入れている方たちへの警鐘です。

上の画像は、DIY工事をお手伝いされている「大工」さんと呼ばれる方が沈下修正された画像です。

ここからは、リフォーム会社さんによる「にわか業者」さんの事例です。
お施主さんからセカンドオピニオンをご依頼いただけたので撮影出来ました。

外周部はなんとなく詰めていますが、内部は面倒なんで、スペーサーを重ねて土台の下に挿入しているのみ。

このお家はお風呂場がタイル貼りのタイプでした。
なので風呂場を持ち揚げるのを放棄してます。整合性が採れなくなっているのをごまかす為に、土台の上に10cm程度の端材をビス留めして床の高さだけは水平になるようにしてます。
直したはずが、土台を無理矢理歪ませてしまってます。

で・・youtuberの方たちへの苦言ですが。
外壁を剥がして柱に「添え柱」をボルトで縫い付けておいて持ち揚げている動画をよく見ます。
ボルトを縫うということは、「柱に穴を開けている」ということです。
例え、後で埋め木するとしても柱に欠損を作ることであって、判り易く書くと、わざわざ「ひび割れ」を作ってます。
しかも!ジャッキの下には充分な長さ、厚みのある枕木を敷かないまま、木っ端を重ねて高さ調整してセットしてます。

木っ端の上にセットしたジャッキであっても、強く押してゆけば重くなければ圧密されてゆき持ち揚がるでしょうが。
基本は上の画像のように、ジャッキ下には枕木を敷いて反力を獲れるように配慮しなくては「添え柱」に縫い込んだボルトが上下するたびに、「穴」や「ひび割れ」が拡大してゆきます。

また、レベルを測定するのに、フローリング天や、酷いのなるとカーペットを敷いたままの状態のところにスケールを充てています。

これは、床を貼りかえる為に剥がした状態です。
プロはレベル測定をするためには、基準となる土台から測ります。
土台下に油性マジックで描かれた数字を見てください。
床は何年間の間に貼り換えたり調整している可能性がありますので、「確実に基準点となる」部分から測定します。

最期にプロの基礎修復画像を掲載します。
尚、基礎立ち上がりから土台を結んだプレートは、弊社の施工ではなく先に入られた「にわか沈下修正業者」の遺したものです。
こんなものは地震時に横揺れしたら、ほとんど意味を成しません。
曳家岡本としては、アンカーボルトの再緊結には相当の注力をしております。

真面目な工事をしようとすると、手間が掛かります。
すると費用も増えます。なので築古住宅であれば床を貼りかえるようしていただければ床下を這う作業手間がカット出来るので、その分、安く工事できます。


素人の方は、自分たちで理解できる「金額」で判断されることが多いでしょう。
自分も手間を掛けずに安く工事すれば都合の良い下請けを探しているリフォーム屋さんに人気が出るかも知れません。
時々、心が折れそうになって、楽な道を選んだ場合の人生を考えます。
するとそれを見透かしたようなタイミングで家内から電話があって、

「岡本くん。
後10年続けるつもりなら恥ずかしい工事もしないといけないかも知れないけど。
自分の年齢 考えてみなよ。もう恥ずかしい工事に寄せてゆく時期じゃないよ。
ミスター〇ーナツが、ピエール・〇ルメとのコラボ商品を発売するみたいに、ちゃんとした工務店や建築士さんが曳家岡本と仕事したい。と選んでくれる仕事しかしなくて良いよ」

と励まされます。

先月、さくら事務所さんがupしてくださいました自分がゲスト出演させていただいた沈下修正工事に関する一般の方向けの判り易い解説動画あります。

www.youtube.com/watch?v=1-vC931QsHY&t=7s

真面目な工務店さん、きちんと直したいお施主さんからのご連絡をお待ちしております。
hikiyaokamoto@gmail.com

間もなく、東日本大震災から10年が経ちます。

前回のブログにも書きましたが、もし10年前に浦安市対策本部にご招聘いただかなったら、自分はどんな人生だったんだろう?と自問します。

今、自分はコロナ禍の影響もあって、しばらく現場が切れています。
東京のマンションは娘たちが大学に通学するためにも使ってますので、密を避けて自分は高知県の自宅にいます。
高知県の自宅は2010年12月25日に建て替えしました。その後、震災が起きてすぐに上京しましたので、実はこの10年間で今回がもっとも長く「自宅」で生活しています。
狭小住宅ではありますが、1戸建て3階に一人は、なかなか贅沢ですが。
コロナ禍での、軟禁生活のような状態だと、ついつい色々なことを考えてしまいます。
特に、この10年は「亭主元気で留守が良い」状態ですから。
このまま娘たちが巣立ってしまうと、幼稚園の頃の思い出しか無いまま人生が終わるのかな?と思うとちょっとやるせない気持ちになります。


でも、世の中の多くの方々がたいへんな時に、この技術を継承していた者の努めとして、少しは役に立とうと家族と離れた人生を選びました。

心配してくださる同業大手さまから、土台揚げ沈下修正工事の下請けのお話をいただいてますが。
指名で無い仕事の場合はどうしても価格優先になりますが。
例えば、以前、専門でない方が沈下修正工事をされたお家の再工事の見積もりでは、おそらく専門でない方はアンカーボルトを切断してしまっています。
壁を解体して新たにアンカーボルトを入れ直したいところですが、その重要性を説明できる機会はありません。
この建物は増築部分らしき平屋が大きな母屋に繋がっています。
大地震が起きると、この平屋部分が揺れて母屋まで傷めることになります。
ですので、なるべくそうならないように、アンカーボルトをきちんと再緊結しておきたいのです。

長女に、もし再び大地震が起きたらパパはどうする?と聞かれました。
パパは、お世話になっている千葉県建築士会のみなさんの手伝いとして、住宅修復相談員をさせてもらうつもりだよ。
もし現役時代に大地震が起きるようなことがあったならば、社寺や古民家の石場建てを専門に直すようにしたいな。
2000年の鳥取西部地震で曳家職人の少なさをカバーするために「耐圧板工法」が考えだされてから、20年が過ぎました。

10年前には東日本大震災が起きて、沈下修正工事を手掛ける業者も増えました。
中には、素晴らしい研鑽をされて立派な会社になられた方もいらっしゃいます。
なので、自分のような上部構造のことを気にする曳大工は、社寺・古民家の修復に廻った方が有効活用していただける。と思います。



曳家岡本の冬用ジャンパー出来ました!
堅田さんと、宏くんが、冬でも無理してTシャツを制服のように着てくれているので、ちょっと無理してロックコンサートの物販物を制作しているプロダクションに依頼しました。



人生に於いて、この方との出逢いが無ければ今の自分は存在しなかった。と思う「恩人」は、めったにいるものではありません。
しかし、3・11当時 浦安市長であられました松崎秀樹先生に対しては、本当に感謝しきれないものがあります。
そして、それだけでなく本当に人間として、政治家として尊敬させていただいています。

松崎秀樹先生と自分は、親しくさせていただいているように見てくださっている方もいらっしゃるかも知れませんが、実は6回しかお逢いしておりません。松崎市長(東日本大震災当時)に浦安市対策本部にご招聘いただいた自分としては、市長のお申し出を断ったことと、特定業者との接点を持つことでご迷惑をかけてはいけない。と対策本部にお呼びいただいてからその後7年間、連絡を取りませんでした。
7年ぶりに、ご連絡させていただいたのは自分が、(株)主婦と生活社から本を出版することになった際に、あの当時、浦安市で何が起きていたのか?を首長と末端の建築職人の対談という形を採って記事掲載させて頂く為でした。
また自分にとって幸いだったのはこの時期、松崎先生が公職を辞していらしたのでお声かけさせていただいてもご迷惑が少なくて済むとも考えました。

この対談の中でも語られていますが。
自分が行政と提携して50名の人工を使って、安価に多くの住宅の沈下修正を総監督させていただく。という案を自分は「そんなことしたら施工品質が保てない」と一蹴してしまいます。
自分としては当たり前の返事をしたつもりだったんですが、松崎市長は「職人というものは凄いな(こんなビジネスチャンスを平気で断るんだ)」と考えてくださったそうです。

以下は、その後、松崎先生の講演を拝聴しての内容を含めての再録となります。

2011年3月29日 浦安市災害対策本部にての松崎市長との会話。
「岡本さんね。浦安は4月15日にはライフラインが復旧します。するとね。次は市民は、傾いた家は直せるんですか?と尋ねてきます。
その時に判りません。ではいけません。我々は市民に解決方法をお伝えしなくてはなりません。
それで、曳家を含めて、こういう家の傾きを直す職人さんって全国的に少ないですよね。岡本さんとお弟子さんたちの住む場所も含めて私たちの方で協力しますから、浦安市に引っ越してくることは出来ますか?」

「浦安がいち早くライフラインの復旧が出来たのは石原都知事が自分のことを憶えてくださっていて東京水道局のOB団体をご紹介くださったのが大きいです。
また彼らが、ものすごく大量の被災状況の画像をこれでもか!というくらいDVDに焼いて残していってくれたんですが。当時はなんでここまでと思っていたんですが、国の災害復旧補助金の算定機関が現地入りするのは被災から3か月くらい後なんです。
その頃には、ほとんど片付けは終わってますから。この資料のある無しで全く支給される金額が大きく変わるんです」

「液状化の砂の処分を含めて、自衛隊の浦安入りがスムースだったのは、危機管理課に習志野の自衛隊員OBの方に入っていただいていたんで、そのお陰でした」

当時、松崎先生は、浦安市富士見に「さくら保育園」を建設中でした。
自分が、なぜ?保育園を造られているんですか?をお尋ねしたところ、「実は私が市長在任中に浦安は待機児童のいない子育てのしやすい街です。と取材に答えたせいで、子育て中の方がたくさん引っ越して来てくださって待機児童が出来てしまったんですよ。それの責任を採らないね(笑)」
とお教えいただきました。

そして、この保育園の保育士にと、当職の家内が保育士であったことを憶えていてくださった松崎先生と奥さま(現在、さくら保育園園長)がお声かけくださいました。
現在、私どもが住んでいる江東区大島からだとアクセスが悪くバス、電車、舞浜駅からは自転車もしくは周回バスという乗り継ぎになるのですが。
松崎先生のお役にたてるならと、家内と2人、休日に、実際に乗り継ぎをしてみて何時に家を出れば間に合うか?を話し合いました。
準備までは参加させていただいたんですが、結局、多くの保育士さんが集まられたことで辞退したんですが。
本当に夫婦ともども感謝しております。

高知での防災勉強会にご出演いただいた際には、奥さまとご一緒に来てくださいまして、2泊3日で高知観光を愉しんでくださいました。
特に久礼の大正町市場と日曜市と高知城はお気に入りくださって同行させていただいた私どもも心から嬉しく思いました。

来月3月21日に浦安市市長選が行われます。

松崎ひでき先生のtwitterです
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近々、昨年末以来、1か月半ぶりに上京します。
有名な武将をお祀りされている神社の曳家工事の概算見積もりを出していたんですが、
「前向きに検討したいので現地調査に来てもらいたい」というご連絡を頂きました。

これは、物凄く都心の神社ですので、決まったら電車通勤だなー。
なるべく繁華街を車で走りたくないですから。
そういや、↑の画像は渋谷ですが、かつて渋谷の円山町(ラブホテル街)の奥まったところで,
沈下修正工事の見積もりをした時に、🅿代を調べて驚愕しました。
たぶん1日 7000円くらい必要でした。
元請けには、現場に乗り上げて停めろ。と言われましたが、そんなことをしたら工具を降ろしたり、コンクリートを練るスペースが無くなりますので「出来ません」と答えたんですが。
結局、決まりませんでした。

駐車場と云えば、自分は通年同じところにいませんゆえ、月極め駐車場を借りてません。
↑の画像は、右手に見えているのがLIXILさんの本社ビル。その奥、隣は、ヒューレットパッカード日本本社です。
自分の借りているマンションは、このヒューレットパッカードの裏手にあります。
この辺りの🅿代金は24hで1400円前後です。錦糸町に近づくと2400円くらいまでゆきます。
高知の家の近辺だと、300円前後です。
まあ、金額はそれぞれなんですが、固定で借りている駐車場が無いと、出庫して再び入庫したい時に
満車だと、駐車場難民になって、近くのショッピングセンター等で時間を潰さなくてはなりません。
疲れて帰ってきて、すぐに駐車場に車を停めることの出来ないのは、なかなかきついです。

しかし浦安時代にもあったんですが、石巻での長い工事から帰って来てみると空きスペースに勝手に駐車されていて、結局、その夜はコインパーキングを利用しないといけなくなってしまいました。
それ以来、契約駐車場を借りるのを止めました。
でも、再入庫の際の空きを気にしなくて良い生活に戻りたいなー。としみじみする次第です。


↑の画像は、淡路島SAからの明石海峡大橋。
今回は車で行くか?飛行機利用か?まだ決めていないんですが、いつもは、この淡路島SAに休憩で寄ると、子どもたちが小さかった頃。
家族旅行でUSJに向かっていた時の、子どもたちの笑い声を思い出します。
自分は、今、次女に「時代遅れの恥ずかしい父親」として嫌われています。
東日本大震災から間もなく10年となりますが、
あの時に色々な考えを持って東京に残ったために失った家族との時間。
それでも、人は生まれてきて誰かの役にたつことが、こんなにも嬉しいことなのか!と思った日々。

画像は昨年、クリスマス時期にやはり現地調査の後、お時間いただいた千葉県建築士会会員の大森先輩と津田沼の焼酎バーにご招待いただいた際の1枚。
ほろ酔い気分で良い顔してます(笑)
大森先輩は、和風住宅設計、歴史的建造物の保存、茶室、社寺の耐震補強等を専門とされています。改めてご馳走さまでした!!

最近は再びコロナが猛威を奮ってますので、なるべくステイホームです。
今まで自分で淹れたことなかったんですが、同級生の下元くんが経営している「ラテンコーヒー」(高知ぢばさんセンター東100m)で挽いてもらった豆を使って家で珈琲。自分で淹れると安いよなー。

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